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東京地方裁判所 昭和35年(ワ)507号 判決 1962年5月25日

原告 竹内義雄

被告 荒尾信用金庫 外一名

主文

1、被告荒尾信用金庫は、原告に対し金一六五万円及びこれに対する昭和三五年三月二六日以降完済迄年六分の割合による金員の支払をせよ。

2、原告の被告西部開発株式会社に対する請求は棄却する。

3、訴訟費用のうち、原告と被告荒尾信用金庫との間に生じた部分は同被告の負担とし、原告と被告西部開発株式会社との間に生じた部分は原告の負担とする。

4、この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一、申立

原告は「被告等は原告に対し合同して金一六五万円及びこれに対する昭和三五年三月二六日以降完済に至る迄年六分の割合による金員の支払をせよ、訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決並に仮執行の宣言を求め、被告等は「原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二、当事者双方の主張は原告において仮に訴外吉田が理事長藤岡の記名捺印を偽造したものであるとしても、右吉田は代表理事として、理事長藤岡に代つて同人の記名、捺印をしたこともある関係等から、善意の第三者は訴外吉田に右記名捺印をなす権限ありと信ずべき正当な理由があるというべきであるから、被告金庫は本件手形の支払につき責任を負うべきである」と述べた外、別紙記載のとおりである。

なお、別紙記載のうち、被告会社の主張は昭和三五年七月一五日付被告会社の答弁書を陳述したものとみなしたものである。

第三、立証<省略>

理由

第一、被告金庫関係

一、原告主張の為替手形(以下「本件手形」という。)が原告主張のとおりの振出および裏書の形式的要件を具えた手形であることは、甲第一号証により明かであり、原告が現にこれを所持することは、原告本人の供述によつて認められるから、原告はこの手形の適法の所持人であるといわなければならない。

二、本件手形の引受が、被告金庫理事長藤岡義勝の記名押印をもつてされていることは当事者間に争がないけれども、これが藤岡義勝の意思にもとずいてされたものであることは、原告の立証によるもこれを認めることはできない。

三、よつて、右記名、押印は、右吉田が右藤岡の代理人としてしたものであるか否かについて判断する。

(一)  甲第一号証に、証人比留間邦夫、同竹内美代子の各証言、被告代表者平川精彦の供述の一部並びに原告本人尋問の結果を綜合すると次の事実を認定することができる。

(1)  原告竹内義雄は昭和三四年一二月末頃、訴外佐々木隆治外一名から、引受欄に被告金庫理事長藤岡義勝の記名押印ある本件手形一通を示され、右手形による金融を依頼された。

(2)  そこで原告は、その取引先である平和相互銀行新宿支店に、被告金庫の前記引受が正当のものであるか否かについて調査を依頼し、同支店貸付係比留間邦夫は右依頼に基き被告金庫に電話で照会したところ、被告金庫から「決済見込」との回答があつた。

(3)  原告は比留間から前記回答があつた旨の報告を受けたので佐々木外一名に対し、本件手形により約金一四〇万円を融通し、翌昭和三五年一月中に、右銀行支店に対し、更めて本件手形の割引を依頼した。右銀行支店は、更めて書面により被告金庫に照会したところ、被告金庫は振出人である西部開発株式会社と取引関係がないとの理由により、原告の右手形割引の依頼を拒絶した。

(4)  よつて、原告はその妻である竹内美代子を調査のため福岡市所在被告金庫に派し、同人は被告金庫において、同金庫理事長藤岡義勝に面会して本件手形を示し、事情を問い訊したところ、右手形を知らないとは云わなかつたが、同金庫理事吉田政彦が上京不在のため、右手形引受の事情は分らない、とのことであつたので、更に本件手形の引受欄に押捺されている被告金庫理事長の印鑑について、その真偽を訊したところ、印鑑はいくつもあるからよく分らないということであつたので、同金庫の印鑑証明(甲第四号証)を示し、詰問したところ、それに対しては黙して返答がなかつた。

(5)  本件手形は、その後取立委任裏書の被裏書人を通じて満期である昭和三五年三月二五日に支払場所である被告金庫に支払のため呈示されたが振出人たる被告西部開発株式会社との間に預金取引なく、且つ手形引受の事実なし、との理由により支払を拒絶された。

(二)  他方、証人平川精彦の証言によれば、次の事実を認めることができる。

(1)  被告金庫は、信用金庫法に基き設立された信用金庫であるが、本件手形の引受日である昭和三四年一二月九日当時の被告金庫理事は、前記藤岡義勝(理事長)、平川精彦(専務理事)、吉田政彦(常務理事)の三名で、何れも定款により代表権を有していたが、内部的には、理事長は金庫の事務を統括し、専務理事は理事長を補佐して業務を執行し、常務理事は理事長及び専務理事を補佐して事務を処理することゝなつていた。而して前記の様に三理事とも各自代表権を有していたが、手形の振出等は理事長が行うことになつていた。

(2)  而して、本件手形の被告金庫理事長藤岡義勝名下のゴム印は理事長印であるが、理事長印は、通常は専務理事である平川精彦が保管し、手形、契約書等の押印は、理事長藤岡義勝の指示又は承認の下に、右平川が行うことになつていたが、平川が不在の場合等には前記吉田が藤岡の承認を得て、右平川に代つて押捺することが一再ならずあつた。

(三) 上記(一)及び(二)の各事実、特に(1) 本件手形の理事長藤岡義勝名下の理事長印が、真正の印鑑により顕出されたものであること、(2) 各理事は何れも代表権を持つており従つて吉田政彦も理事として代表権を有していたこと、(3) 手形の振出等は理事長が行う内部的取極めとなつており、通常は理事長の記名、押印は専務理事である前記平川精彦が理事長藤岡の承認の下に同人に代つて行うことになつていたが、右平川不在の折には常務理事吉田政彦も本来代表権を有する者であるので、同人が理事長藤岡の承認の下に、右平川に代つて理事長の記名押印を行うことが一再ならずあつたこと、(4) 本件手形の引受について、最初平和相互銀行新宿支店が、被告金庫に電話照会した際には「決済見込」の回答があり、その後、原告が右支店に本件手形の割引を依頼したところ、同支店は本店に照会した結果引受人は振出人との間に取引関係がないとの理由により割引を拒絶し、最後に取立委任裏書の被裏書人が満期に支払のため呈示した際には、被告金庫は「預金取引がなく且つ、手形引受の事実もない」との理由により支払を拒絶したこと、即ち、被告金庫が引受の事実を否定するに至つたのは、支払のための呈示を受けた時が最初であること、訴外竹内美代子が被告金庫理事長藤岡に面会して本件手形引受の事実について問訊したのに対し、同理事長は被告金庫に引受の事実がない旨明確に回答していないこと、

以上(1) 乃至(4) の各事実を綜合するときは、本件手形の引受は常務理事である吉田政彦が専務理事平川精彦不在の場合に、理事長藤岡から同人に代つて手形の振出引受等の記名押印をすることを認められていたので、それに使用する印判が自由になる地位を濫用して引受欄に理事長藤岡の記名、押印をしてしたものと推認するのが相当である。証人平川精彦の証言中、右認定に反する部分は、前記(一)及び(二)掲記の事情に照し、当裁判所の措信しないところである。果して然らば本件手形引受は偽造という外ないけれども、吉田政彦が代表理事であつて、時に代表理事藤岡の記名押印を適法に代行することがあつたものであり、代表理事藤岡が記名押印用の印判の自由な使用を吉田政彦について看過していたものである以上、被告は第三者に対し本件手形引受について表見代理の場合と同様の責任を負うべく、それが偽造であることをもつてその責任を免れえないというべきである。

四、よつて進んで被告金庫の仮定抗弁(本件手形の引受は被告金庫の業務の範囲に属せず、法律の規定に反するものであるから無効である。)について判断するに、被告金庫が信用金庫法によつて設立された信用金庫であること、並びに被告金庫の業務について、被告金庫主張の様な法的規制のあることは当事者間に争がないところであるが、一般に手形の引受等は被告金庫の業務に関連附随するものであること多言を要せずして明かなところであるから、手形引受等は被告金庫が有効に為し得るところと解するのが相当であり、従つて本件手形引受も当然に有効であると云わなければならない。

五、本件手形が満期に支払場所に支払のため呈示されたが支払を拒絶されたことは被告金庫の認めるところである。よつて原告の被告金庫に対し右手形金一六五万円及びこれに対する満期の翌日である昭和三五年三月二六日以降完済に至る迄年六分の割合による法定利息の支払を求める請求は全部正当として認容すべきものである。

第二、被告西部開発株式会社に対する請求

原告の本訴請求のうち被告西部開発株式会社に対する請求については、右請求原因事実(振出)を認めるに足る証拠がないからこれを棄却すべきものとする。

第三、よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九二条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 小川善吉 池田正亮 高瀬秀雄)

別紙<省略>

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